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東京地方裁判所 昭和33年(行)8号 判決 1961年8月24日

判  決

愛知県尾西市大字起字下町二二二番地

原告

加藤清六

東京都千代田区霞ケ関二丁目一番地

被告

農林大臣

周東英雄

右訴訟代理人弁護士

難波理平

右指定代理人農林事務官

吉川正夫

関守

田中宏尚

長野直臣

田辺明男

右当事者間の昭和三三年(行)第八号公共の用に供されたる国有農地の売戻請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告が昭和三三年七月八日付でした農地法第八〇条第一項の認定の申請につき被告にその許否の決定をする義務があることを確認する。

原告のその余の訴はこれを却下する。

訴訟費用はこれを二分し、その各一を各当事者の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

第一、原告は、次のような判決を求めた。

一、別紙物件目録記載の土地につき、被告に農地法第八〇条第一項の認定をする義務が存在することを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

第二、被告代理人は、本案前の申立として次のような判決を求めた。

一、本件訴を却下する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

また本案の申立として次のような判決を求めた。

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

(当事者双方の主張)

第一、原告は、請求の原因として次のとおり述べた。

一、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)はもと原告の所有にかかる小作地であつたが、昭和二二年一〇月二日付で国は自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条の規定により自作農創設の目的のためこれを買収した。

二、しかして右買収後本件土地はその耕作者に対する売渡を保留され、国有農地として被告がこれを管理していたが、昭和二八年頃に至り、右国有農地はその買収前の所有者である原告に無断で訴外愛知県並びに起町(現在尾西市)によつて埋めたてられ、田は潰滅されてその中央部分を貫通して濃尾大橋取付道路が敷設され、その余の部分には右道路の敷設に伴う立退家屋の移築がなされた。

三、したがつて本件売渡保留の国有農地は公共の用に供され、永久的に転用されてすでに自作農創設の本来の公共目的は全く消滅したのであるから、農地法第八〇条に定めるところにより被告は本件土地をその買収前の所有者である原告に売り払わなければならないことになつている。しかるに被告は右の様な本件土地に対して不法にも農地法第八〇条第一項の認定をしない。原告は被告に対し昭和三三年七月八日付で本件土地につき農地法第八〇条第一項の認定を申請したのであるが、被告はその申請に対しても何らの認定処分をしないのである。したがつて原告は同条の規定にもとずく優先買受権を不法に侵害されている。よつて原告は被告が本件土地について農地法第八〇条第一項の認定をする義務の存在することの確認を求めるため本訴に及んだ次第である。

第二、被告代理人は、本案前の申立の理由として次のとおり述べた。本訴は次のような理由によつて不適法である。

(一)  被告は本件訴につき当事者能力を有しない。原告の請求は要するに、本件土地につき被告に農地法第八〇条第一項の認定をすべき義務があることの確認を求めるということであるが、しかしながら被告は内閣法、国家行政組織法及び農林省設置法にもとずいて一定の行政事務及び事業を遂行するために設けられた国の行政機関であつて、それ自体独立の人格を有するものではない。したがつて、被告は実体法上の権利能力者ではないから、訴訟上も原則として当事者能力を有せず、ただ行政事件訴訟特例法第三条の場合に限つて特に当事者能力を認められるにすぎない。しかるに本訴は同条に規定する行政処分の取消又は変更を求めるものではないから、農林大臣を被告とする本訴は不適法である。

(二)  本訴は訴訟の対象となり得ない事項をその対象としている。

(1) 農地法第八〇条第一項による農林大臣の認定は、同条項による売払がなされる前段階において、農林大臣が農地法第七八条第一項の規定にもとずいて管理する国有財産である土地が自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とするか否かに関してする判断作用であるから、専ら行政部内の事実上の行為にとどまり、そこには法律上の権利義務の観念は全く介在する余地がない。

(2) 農地法施行令第一六条は、農林大臣の設定がなされ得べき場合について定めているが、これは右農林大臣の認定が行政上適正に行われるようにあらかじめ行政庁内部において準拠すべき事項を定めたものに外ならない。したがつてこの規定からは右農林大臣の認定が対外的な法律関係の対象となり得べき性質の行為であることを推認することはできない。なお国有財産をいかなる基準によつて処理するかは国自体の自律作用に属する問題であるから、かような内部規制がなされることもあり得る。

(3) 右農林大臣の認定は、前記のとおり行政部内の事実上の行為であるからそれがなされても外部に対する告知の措置は別段必要ではなく、法もこれを当然のこととして外部的手続については何らの規定をも設けていない。しかして農地法施行令第一七条による通知は、農地法第八〇条第二項が同条第一項による売払の対象となつた土地が同法第九条、第一四条、第四四条による買収にかかる土地であり、且つ同令第一八条で定める場合に該当しないときは右売払の相手方を買収前の所有者としている趣旨をうけ、同法施行規則第五〇条第一項にもとずく買受申込書の提出の機会の通知とかねて買収前の所有者の買受意思の有無を確知するためになされる非権力的な措置であり、それはあくまで右売払に関する事務処理を円滑に運営して行くためのものに外ならないのであるから、右通知がなされることをもつて右農林大臣の認定が行政処分ないし対外的な法律行為であるということはできない。

(4) 以上のとおり、右農林大臣の認定は行政庁内部の事実上の行為であるから、原告の主張するような権利義務の観念を関係ずけることはできない。したがつて原告の請求は無から有を求めるものであつて元来法律上訴求することができないことを訴求するのであるから不適法である。

(三)  仮りに農地法第八〇条第一項による農林大臣の認定が行政処分であるとしても、本訴は行政庁に行政処分をすべき義務があることの確認を求めるものであるから不適法である。すなわち行政処分をするかしないかは専ら行政庁固有の権限に属し、裁判所は特に明文のない限り行政庁に代つて自ら処分をしたと同様の効果を生ずるような判決をしたり、行政庁に行政処分をすべき義務があることを確認する旨の判決をしたりすることのできないことは、三権分立の原則からみて明らかである。

第三、原告は、被告の本案前の申立の理由に対する反論として次のとおり陳述した。

一、本案前の申立の理由一について。

被告は本訴につき当事者能力を有する。すなわち、一般に抗告訴訟、すなわち行政処分の取消変更を求める訴でなくてもその訴の性質上抗告訴訟の系統に属する訴については行政事件訴訟特例法の立法趣旨からいつて抗告訴訟に関する同法第三条の規定を類推適用すべきである。ところで本件の如き行政処分をすべき義務の存在確認を求める訴の本質は、行政権による公権力の消極的発動状態に対する不服申立にあるから、この意味において実質的には右訴はむしろ抗告訴訟の分類に属する訴であると解することができる。しかしてこの種の訴は行政庁の権力行使を直接の対象とするものであるから抗告訴訟の場合における行政庁の被告能力を類推してやはり行政庁に被告能力があるものと解すべきである。したがつて農地法第八〇条第一項の認定義務の存在確認を求める本訴においても、処分をすべき行政庁である被告に当事者能力があるというべきである。

二、本案前の申立の理由二について。

(一) 農地法第八〇条第一項の認定は、国が同法第九条、第一四条又は自創法の規定に基いて自作農の創設及び土地の農業上の利用の増進という公共的目的のために私人から強制買収した土地等で被告が農地法第七八条第一項により現に管理している売渡保留の国有農地等につき石買収後の事情の変更に伴いそれを買収の本来の目的に供することを客観的に不相当とするにいたつた時被告が行政庁の立場において右国有農地等からその本来の公共的性格を脱却せしめるところの権力的法律行為である。しかしてその認定の結果当該土地等につき旧所有者は農地法第八〇条第二項による優先買受権を得取し、他万耕作者には同法第三六条に基く自作農の創設を目的とする売渡請求権を消滅せしめる。したがつて右認定行為は公法上の権利関係に直接具体的変動をもたらす独立の行政処分というべきである。

(二) 右認定は前述のとおり売渡保留地につきその自然的経済的諸条件からして買収の本来の目的に供することを不相当とするかどうかの客観的事実の確認を内容とする判定であつて、農地法はその判定の具体的基準を同法施行令第一六条に委任しているから、もとよりそこに自由裁量の余地はなく、その性質上法規裁量行為に属する。

(三) 一般に行政処分をもたらす公法関係の諸規定においてそれぞれの行政処分の告知の手続につきいちいち規定が設けられているわけではなく、仮りに農地法が同法第八〇条第一項の認定行為につき告知の手続に関する規定を欠いているとしてもそれ故に右認定行為を行政処分ではないということはできない。いわんや農地法施行令第一七条には当該土地等の旧所有者に対する認定の告知手続についての規定が存在するのである。同法施行規則第五〇条第一項が「農地法第八〇条第一項の農林大臣の認定があつた土地につき同項の売払を受けようとする者は買受申込書を農林大臣に提出しなければならない。」と規定しているのは、同法が右認定のなされたときは旧所有者に対しその告知をすることを予定しているものということができる。

(四) 右認定の法的性格が前述のとおりのものである以上、売渡保留地が農地法施行令第一六条各号所定の土地に該当するにいたつたならば被告は速かに右認定をなすべき公法上の義務を負担するものというべく、もし被告が右認定をなすべきであるのにこれをしなければ、それは農地法第八〇条第二項に定める旧所有者の優先買受権を侵害するので、その不作為は違法といわなければならない。したがつてそれは行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる公法上の権利関係に関する訴訟の対象となりうるのであつて被告に認定をすべき義務が存在することの確認を求める本訴は適法である。

三、本案前の申立の理由三について。

憲法第七六条、裁判所法第三条、行政事件訴訟特例法第一条の各規定によると公法上の権利又は法律関係も裁判事項とされていることが明らかであるから、行政庁を被告として特定の行政処分をなすべき義務の存否について私人から確認を求める訴を提起することは憲法の採用する三権分立の原則に何らもとるものではない。いわんや行政庁が公法上特定の行政処分をなすべき職責を有するにかかわらずこれをなさぬまま長年月の間放置した場合とか、私人の行政処分を求める申請につき行政庁がその申請を受理しながら何らの行政処分をしないような場合においては当該行政庁に行政処分をする義務があることの確認を求める訴は司法権の限界内における判断事項として当然許容さるべきものである。しかして本件訴は正に右に該当する事案であるから、適法というべきである。

第四、被告代理人は本案の答弁として次のとおり述べた(昭和三五年二月三日の口頭弁論において陳述した準備手続の結果によれば被告代理人は昭和三四年一〇月六日の準備手続において同年七月九日付準備書面にもとずき陳述している。以下はこれによる。)

原告主張事実中原告主張の本件土地が自創法第三条により買収され、国有農地として被告が管理して来たこと、その後本件土地には道路が設置され、また家屋が建築されていること、原告が昭和三三年七月八日付で本件土地につき農地法第八〇条第一項の認定の申請書なるものを送付して来たこと、被告がこれにつきなんらの回答をしていないことはこれを認める。このような認定申請については法令上なんらの定めもされていないし右認定の性質は前記のとおり行政内部の事実上の行為に止まるので右認定申請なるものは一種の陳情とみられるものであるから、これに対し応答するかどうかは行政庁の実務上の処理にまかされているもので、法律上の問題にはなり得ないものである。(証拠関係省略)

理由

一、被告は、本訴において被告は被告適格を有しないと主張するので、まずこの点につき判断する。本訴は農地法第八〇条第一項の認定行為が行政処分であることを前提として被告が本件土地につき右認定をすべき義務を負うことの確認を求めるものであることは原告の主張自体から明らかであり、これは行政事件訴訟特例法第二条にいう行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴ではないから直接同法第三条の適用を受けるものでないことは明らかであるけれども、右規定が行政庁の違法な行政処分の取消又は変更を求める訴は当該行政庁を被告としてこれを提起しなければならないものとしている趣旨は、かかる訴訟においては当該行政処分をした行政庁に訴訟を遂行させることが最も便宜妥当であるとするものに外ならないから、ある行政処分をすることが特定の行政庁の義務とされている場合に当該公法上の義務が存在することの確認を求める訴訟(かかる訴訟の適否そのものは後に判断する)においても当該行政庁は行政事件訴訟特例法第三条の準用ないし類推適用によつて被告適格を有するものと解するのが相当である。したがつて被告の右主張は理由がない。

二、つぎに被告は、本訴はもともと訴訟の対象とはなりえない事項をその対象としていると主張するのでこの点について判断する。

自創法第三条あるいは農地法第九条の規定に基く農地の買収処分は、自創法第一条あるいは農地法第一条において各法律の目的として定められているところから明らかなように自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進という公共の目的のために行われる。憲法第二九条はその第一項において財産権の不可侵の原則を宣明し、その第三項において私有財産は正当な補償の下に公共のために用いることができるとしているのであるところ、農地買収処分は、土地収用法に基く土地の収用と同じく、国の公権力による国民の財産権の強制的剥奪に外ならないにかかわらず、右のような公共の目的に供するためにするものであるが故に正当な補償を条件として許されるものであることは明らかである。従つて公共のためにする場合でも正当な補償がなければ許されず、正当な補償をしても公共のために用いるものでなければ許されないことは当然である。そしてこの場合国による財産権の取得とそれを公共のために用いることとはいちおう段階的に区別されるが両者は緊密に関連し、通常はむしろ一連の手続的発展としてなされるのである。しかるにいつたん特定の公共の目的のために国民の財産が収用され、その財産をなお国が所有している間に、一度も当初の公共の目的に供しないままその後の事情の変更によつて右公共の目的に供することを要しなくなり、あるいは供することができなくなるという場合のあり得ることは否定し得ないところ、かような場合国の当該収用行為が直ちに無効となり、あるいは違法となると解することは困難であるけれども、当初の目的が消滅し財産権を公共のために用いるという段階への発展がなくなつた後においてもなお国に漫然当該財産を保有せしめる合理的な理由は何も存在しないので、その場合には、国は原則として旧所有者に当該財産の権利を返還すべき方途を講ずべきものとするのが前示憲法第二九条の精神に合致するゆえんであると解する。この原則に立つて具体的に旧所有者の利益をいかに保護するかすなわちその方法ないし技術は立法政策の問題である。

土地収用法がその第一〇六条第一項において、収用の時期から一定期間内に収用した土地が不用となつたとき、又は収用の時期から一定期間内に収用した土地を事業の用に供しなかつたときには当該土地の旧所有者(又はその包括承継人)にその買受権を認めているのは正に前段の趣旨をみたす一事例であるということができる。これを農地法についてみるに農地法第八〇条第一項は農林大臣は、同法第七八条第一項の規定により管理する土地等について、政令で定めるところにより自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払い、又はその所管換若しくは所属替をすることができると規定し、同条第二項において、農林大臣は、前項の規定により売り払い、又は所管換若しくは所属替をすることができる土地等が同法第九条(自創法第三条の規定により買収農地で同法第四六条第一項によつて農林大臣が管理していた農地は、農地法の施行に伴い、同法施行法第五条により農地法第八〇条等の適用については、国が同法第九条の規定によりこれを買収したものとみなされる。)、第一四条又は第四四条(以下農地法第九条等という。)の規定により買収したものであるときは、原則として当該土地等を買収前の所有者に売り払わなければならないと規定しているのであつて、これもまた前記の趣旨において買収処分後の事情の変更による当初の公共の目的の消滅に伴い少くとも農地法第九条等の規定による買収土地等に関する限り、その旧所有者の利益を保護しようとするものに外ならないと解することができる。しかして農地法施行令第一六条は、農地法第八〇条第一項の規定を受けて農林大臣が同項に基き認定をすることができる場合についてこれを限定的に定めているので買収された土地等の旧所有者が農地法第八〇条第二項の規定により売払を受けることができるのは、右農地法施行令第一六条各号(買収農地については第四号ここにいう公用、公共用とは自作農創設等農地法の目的とするところ以外のものをいうことは自明である。)に該当する場合に限られることとなるわけであるが、前述のように国が強制的に収用した財産がなお国の所有にある間に収用当時の公共の目的が消滅した場合においては国は財産を原則として旧所有者に返還すべきであるということから考えて、農地法第九条等の規定により買収された土地等の場合には農林大臣が右土地等を農地法第七八条第一項の規定に基いて管理している間に同法施行令第一六条各号に該当するにいたつたときは、農林大臣は必ず農地法第八〇条第一項の認定をしなければならないと解すのが相当である。右規定は「農林大臣は……することができる。」となつているけれども、右認定はこれに続く旧所有者への売払の不可欠の前提をなすものであるから事の性質上少くとも農地法第九条等の規定により買収された土地等に関する限り右のように解すべきであり、かく解することが前記のような憲法の精神にそうゆえんであるというべきである。この場合当該土地を別個の公共目的に供する必要が生じたということは、別個に定めた手続によりその目的を達せしめることができるというだけであり、なんら右結論を左右するものではない。唯農地法施行令第一六条第四号の場合には、通常は公用、公共用又は国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要性とそれへの確実性の有無の判断、これに供することと本来の自作農の創設等の目的に供することとの国家的公共的見地からする比較考量、及びそれによつて右農地法本来の目的に供しないことを相当とするかどうかを決定しなければならないから、かような意味で行政庁による裁量の余地が相当程度に認められていると解せられるけれども、そこには法規上なお自ら裁量の限度があることは上来検討して来たこの制度の根本の趣旨にてらして明らかである。

しかして農地法施行令第一七条は、農地法第八〇条第一項の認定をした土地等が同法第九条等の規定により買収したものであるときは、旧所有者に通知をしなければならない旨規定しているが、右規定と、農地法第九条等の規定に基いて買収された土地等については農林大臣が同条第一項の認定をしたときは原則としてその旧所有者に売り払わなければならないと規定していることとを考えあわせれば、結局において旧所有者は農地法施行令第一七条の通知を受けたときにはじめて売払の請求をする権利を取得するものと解せられる。

以上のように憲法第二九条第三項の精神に則りつつ農地法第八〇条、農地法施行令第一六条、第一七条等の規定の趣旨を合理的に解釈するならば、農地法第八〇条第一項の認定は、もつぱら規定の文言のみに即して行政庁である農林大臣の単なる内心の判断にすぎないものと解するのは相当でなく買収土地等に関する限り行政庁である農林大臣が国家権力の執行者たる優越的立場において当該土地等の旧所有者を相手方として行う一の行政処分であつて、原則として旧所有者に対する通知によつてその効力が発生し、かつこれによつて処分の相手方である旧所有者の具体的な権利義務に直接に影響を及ぼすものであると解するのが相当である(なお農林大臣がこの認定をしながらその通知をすることなく旧所有者以外の第三者への売払い、所管換、所属替等の手続を行つたときは、当該売払、所管換所属替等の行為がなされたときに農林大臣による認定行為が外部に表示されたものとしてその時に行政処分としての効力が生ずるものと解すべきであるから、このことの故をもつて右認定の行政処分たることを否定し得ない)。従つて右認定が行政処分でないことを前提とする被告の所論は失当である。

三、さらに被告は、仮りに農地法第八〇条第一項の認定が行政処分であるとすれば、本訴は行政庁に行政処分をなすべき義務があることの確認を求めるものであるから三権分立の原則に反して不適法であると主張する。

一般に行政庁にある行政処分をなすべき義務(作為義務)又はなすべからざる義務(不作為義務)があることの確認を求める請求が許されるかどうかは行政、司法両権分立の建前と関連して微妙な問題である。すなわち、わが憲法のもとにおいて裁判所は憲法に特別の定めがない限り一切の法律上の具体的紛争について裁判する権限が与えられており、公法上の権利関係についても行政庁による処分の適否が争われる場合にはこれを審査することによつて行政権の行使を司法的に是正し、よつてもつて行政権の行使が法によつてなさるべきことを担保しようとしているのである。このことは憲法の精神をうけた裁判所法第三条の規定に照らしても明らかであり、現に行政事件訴訟特例法第一条はこれを規定している。すなわちわが憲法は三権分立の原則をとりつつも右の程度にはこれを緩和しているのである。しかし、公法上の権利関係の存否に関する具体的な紛争について裁判所が審査の権限を行使するには、なお右の三権分立の原則から来る司法、行政両権の分立、均衡のうえからいつて、またその機能、職分のうえからいつてそこに自ら限界の存することはいうまでもない。たとえば行政庁が自主的にその自由な裁量によつて行う行政処分についてはその適否について裁判所が介入することは許されないものといわなければならないし、またその権限行使について本来政治的責任を負わない裁判所が自己の意思活動によつて生ずる行政上の結果について政治的責任を負う行政庁に作為又は不作為を命ずることにより行政権に代位し、裁判所が行政権を行使したと同様の結果を生ぜしめることが許されないこともまた明らかであろう。しかして行政庁が私人に対しある行政処分をなすべき公法上の義務を有する場合に裁判所が当該行政庁においてその行政処分をする以前にあらかじめこれをなすべき当該行政庁の作為義務の存在を確認し、あるいは行政庁が違法に私人に不利益なある行政処分をしようとしている場合に裁判所があらかじめ当該行政庁にその不作為義務があることの確認をするのは、直接に行政庁に対し将来の作為又は不作為を命ずるものではないとしても、制度上行政権に第一次的に与えられている行政処分をするかしないかの判断権がその行使前に司法権の判断に制約される結果となるという意味において行政庁に作為又は不作為を命ずる場合と相通ずるものがあり、これと同様にやはり原則的には許されないものと解しなければならない。したがつて、公法上の権利関係をめぐる紛争についての司法上の是正は、行政権が現実に行使されてから事後的に行われるのを原則と解すべく、また通常はそれによつて目的は達成し得るはずである。しかし、行政庁の違法な態度によつて現に侵害され、あるいはまさに侵害されんとしている権利の保護のために裁判所による司法的救済の必要性が著しく大であり、右の原則にもとずき行政庁の処分の発動をまつて事後審査の方法によるものとするときは右の目的を達しがたいというような場合においては、右の原則は必ずしも貫かれるものではないとすべきである。もともと司法、行政両権の分立均衡といつてもそこに絶対的な基準が存するわけのものではなく、要は権力の乱用を防ぐことによつて国民の権利、自由を国家的権力による不当な侵害から擁護することを終局的な目的としているのであるから、国民の利益が不当に侵害され、あるいは侵害されんとしている事実があり、その救済の必要がいちじるしく大であるのに、なお権力分立の原則をたてにとつて救済の方法を与えないということはいわば本末を転倒するものであるといつても過言ではない。すなわち、裁判所による事後審査によつては有効適切な救済が得られず、事前審査が必要不可欠と認められる場合においては例外的にいわゆる行政庁の作為義務(不作為義務)存在確認訴訟が許されるものと解するのが相当であつて、これは三権分立の原則の本質に何らもとるものではないと解すべきである。しかして右訴訟はすでに述べたところから明らかなようにあくまで例外的に認められるところのものであるから、通常の確認訴訟におけるようにいわゆる確認の利益が存する場合に許されるというものではなく、権限の分配及び行政処分の司法審査の趣旨とからいつて次のような要件を具備する場合に限つて許されるものと解すべきである。すなわち、まず行政庁が当該行政処分をなすべきこと、又はなすべからざることが法律上き束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないために第一次的な判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要ではないと認められる場合であつて、しかも事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要が顕著である場合に限られると解するのが相当である。

ひるがえつて原告の本件訴が許されるかどうかについて考える。まず、農地法第八〇条第一項の認定は前述のとおり同法第九条等の規定に基いて買収された土地等に関する限り旧所有者の具体的権利義務に直接影響を及ぼす行政処分と解すべきところ、同法には旧所有者が農林大臣に対して右認定につき申請をすることができる旨の手続が設けられていないけれども、右認定なる処分は農地法施行令第一六条各号に該当するにいたつたときには旧所有者の利益を保護するために農林大臣は義務としてこれを行わなければならぬものと解すべきこと前述のとおりであるから、旧所有者は農林大臣に対して右認定の申請をする法律上の利益を有するものというべく、たとえ明文の規定がなくともその申請権が与えられているものと解するのが相当である。ところで一般に行政庁に対して一定の行政処分につき申請をする権利が法律上一般的に、あるいは特定の者に、与えられている場合において、申請権者が当該行政庁に対してその申請をし、当該行政庁が当然その許否の決定をなし得べきもので相当期間内にいずれが申請許否の決定をなすべきことが法律上き束されているにかかわらず、事ここに出でずあるいは申請権者の申請権ないし申請行為の存在を否認して何ら許否の決定をしようとしない場合には、申請権者に行政庁による申請許否の決定を待つていたのではいつまでもその権利の保護を受けることはできず(但し地方自治法第二五七条第二項のように法規上申請後一定期間内に処分がなされないときは申請を却下又は棄却したものと擬制している場合は別である。)少くとも行政庁の許否決定義務存在の確認という形による事前の救済の必要性が大であるといわなければならない。したがつて、買収土地等の旧所有者から農林大臣に対して農地法第八〇条第一項の認定申請がなされた場合においても農林大臣が相当期間内に何ら許否の決定をなさず、あるいは何らかの理由で申請に対して許否の決定をする意思のないことが明らかである場合には、旧所有者としては訴をもつて自己の認定申請につき農林大臣に許否決定の義務があることの確認を求めることが許されると解すべきである。この場合右訴にもとずく請求が理由ありや否は本案の問題であることはもちろんである。

しかし、本訴において原告が確認を求めているのは被告の許否の決定義務の存することではなく、すすんで被告に原告の申請に基き農地法第八〇条第一項の認定をすべき義務の存することである。一定の行政処分につき申請権者が存する場合において、行政庁に対し申請に対する何らかの決定義務の確認を求めるのみならず、右申請を認容する内容の決定をなすべき義務の確認を求めることが果して許されるかどうかはさらに一つの検討を要する問題であるが、行政庁に対し申請に対する許否の決定義務の存在を確認する確定勝訴判決があつた場合には、当該行政庁はもちろん右判決に拘束される結果、右行政庁がもし申請人の申請を許容する内容の決定をすればそれによつて申請人の目的は達成されるわけであるし、他方もし行政庁が申請人に対して不利な決定をした場合には申請人はこの決定に対して抗告訴訟を提起することができるのであるから、たとえ一定の要件が具備すれば当該行政庁において一定の行政処分をすべき義務が法律上き束されている場合であつても、申請人としては当該行政庁に右申請につきこれを許容する趣旨の決定をなすべき義務があることを確認する旨の確定判決を得なければその権利の保護を全うすることができないというわけではなく、結局において申請人が申請を認容する内容の決定をなすべき行政庁の義務存在確認を求めることは前記説明の要件を欠き許されないといわなければならない。しかし原告の認定申請に基き被告に認定義務が存在することの確認を求める本訴請求は、右申請につき被告にその許否を決定すべき義務が存在することの確認を求める請求を包含しているものと解することもできるから、前述のとおり一般に行政庁に対し申請権者の申請に対する許否決定義務の確認を求める訴は一定の場合許されると解すべき以上、本訴も右の趣旨の訴として許されるかどうかを検討する必要がある。成立に争のない甲第二号証によると、原告が昭和三三年七月八日付農地法第八〇条第一項の認定申請書と題する書面によつて被告に対し本件土地につき農地法第八〇条第一項の認定の申請をしたことが認められるが、被告の主張自体及び弁論の全趣旨に徴すれば、被告は農地法第八〇条第一項の認定は農林大臣の内部的判断にすぎず、旧所有者はその申請権を有しないという見解をもつて原告の前記申請につき許否の決定をする意思を有しないために本件口頭弁論の終結時までに原告の右申請に対し何ら許否の決定をしていないことが明らかである。果してしからば原告は将来前記認定申請につき被告の決定を期待することのできないことは明らかであり、被告の決定義務の存在の確認という形において被告を拘束する確定判決を得ることによつてのみ原告の権利の救済が可能なのであるから、本訴は原告の認定申請に対する被告の許否決定義務の存在の確認を求める限りにおいて適法と解することができる。したがつて本訴は本項冒頭の理由によつて不適法であるとする被告の主張は結局において理由がない。

四、以上のとおり原告の本件訴は、原告による農地法第八〇条第一項の認定申請につき被告に許否決定義務があることの確認を求める範囲においては適法であるが、その余の部分は不適法であるからこれを却下する。

五、しかして原告の右の限度による訴にもとずく請求理由の有無は本来本案審理の対象であるが、原告がその主張の経緯により本件土地を買収された旧所有者であり、昭和三三年七月八日付で被告に対し本件土地につき農地法第八〇条第一項の認定を求める旨の申請をしたこと、被告は本件口頭弁論終結時までに右申請に対し何ら許否の決定をしていないことが従前の審理において当事者間に争なきところであり、これにつきあらためて本案の審理を要するものではなく、またそれ以上に本案の審理によつて確定すべきものは何もなく、直ちに右請求の当否につき判断し得るので、以下本案の判断をする。右の事実によれば被告は少くとも原告の右申請に対しこれを許容して農地法第八〇条第一項の認定をするかあるいは申請を却下する旨の決定をする義務があることはすでに明らかであるから、本訴請求は、原告による農地法第八〇条第一項の認定申請につき被告に許否決定義務があることの確認を求める限度において理由があるものというべく、その範囲でこれを認容する(なお本件は口頭弁論終結のときは主たる争点は被告の本案前の主張の当否にあつた。右主張が認容されれば原告の訴を却下する旨の終局判決をすることとなり、それが否定されれば他に別個の不適法事由のないかぎり訴は適法とされ、その旨の中間判決をするか、その判断を理由中に示すのみで終局判決をすることとなる。この最後の場合裁判所が終結した口頭弁論の再開をすべきかどうかは一に本案の裁判をするになお熟さず、審理の対象を残しているかにかかるものと解される。本件においてはこの点の審理は終えているものとすべきこと前記のとおりである。被告は準備手続の結果を要約した書面においては本案の認否をせず、準備手続終結後の口頭弁論において準備手続の結果を陳述した上その要旨は右要約書面のとおりであると述べているけれども準備手続中には本案についての弁論をもしていること前記事実らんに示すとおりであるので、結局において本案の答弁をしなかつたとすることはできない。従つて本件において裁判所が中間判決によらずしかも弁論を再開せずに終局判決をするときは、前記弁論終結当時の事情に照して被告の期待に反するもののあることは諒し得るけれども、これによつてとくに被告の防禦権を奪うこととなるものとは解し得ない)。

六、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判所裁判官 浅 沼  武

裁判官 菅 野 啓 蔵

裁判官小中信幸は転任につき署名押印することかできない

裁判官 浅 沼  武

物件目録(省略)

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